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ブルスカでお題連載していた #語彙トレ2026 『灰になるまで君を呼ぶ』03/11~03/20分にて、本編完結いたしました!
FIND THE WAYが流れ出しそうなくらい半端な締め方ですが、この終わりはもう、先月、中盤を書いているあたりから想定していました。
長編に直す時が来たら、じっくり考えます。
前回→624
続き→640
03/11-残響
『わたくしは、アグレイシア第一皇女レイティス・ナディア・アグレイシアです。LINKSの皆様のお力を借りて、今、皆さんに語りかけています』
三国救難チャンネルを使ったレイティスの言葉は、煙を立てる都市に、煤まみれの顔の人々の耳に、残響を伴って広がる。
『この戦争は、三国の野心を抱く者達が皆さんを煽動し、泥沼化させました。ですが』
一瞬息継ぎをして、皇女は続ける。
『終わらせるのも人の力だと、わたくしは信じております。現に今、わたくしの大切な仲間が、「終焉の獣」に立ち向かっています』
マイクに向かう凛とした横顔に、マオは思わず見入っていた。
03/12-耽溺
『皆さん、どうか、目の前の事実に目を向けてください。野望に耽溺する者の、甘い言葉に踊らされず、目にしたものを信じてください。その為にも、まずは隣人を救い、手を取り合ってください』
皇女の言葉に、ただ迫り来る恐怖にとらわれていた人々が、顔を見合わせ、手を伸ばす。
「誰か、手を貸してくれ! 助けるぞ!」
足が瓦礫の下敷きになって動けない女性を、人が集まって救い出す。
彼らの見上げる先には、『鋼鉄の鳥』が翼を広げている。そこから『終焉の獣』アヌナークに乗り移るふたつの人影があるのを見届けた者は、ほとんどいなかった。
03/13-慈雨
干天の慈雨だ。ジークハルトは唇の端を持ち上げた。
「み、皆さん! 騙されないで! わたくしが!」
慌てて取り繕うが、所詮ブリームの愛人だった下級貴族の女に、本物の皇女を超える言葉は出せまい。
「黙れ、馬鹿者が!」
ぱん、と乾いた殴打の音が響く。
「役に立つかと目をかけてやれば、肝心なところでしくじりおって! 皇家を乗っ取る計画が台無しだ!」
ブリームは女を罵る。愚かの極みだ。
「まだ放送が入っていることをお忘れか?」
ジークハルトの揶揄に、宰相ははっと放送機器を振り返る。
「咎人の断末魔を、アグレイシアの民に」
鋼の刃が、振り上げられて。
03/14-変貌
迷宮のようなアヌナークの体内を、ディックスとティナは駆け抜ける。普通の廊下に見えた通路が、侵入者を関知して防衛機構が作動し、生き物のように胎動して、迎撃システムがずらりと並んだ、獣の腹の中のごとくに変貌する。
放たれた光線を転がってかわし、起き上がり様に銃弾を撃ち込む。一撃は鋭く防衛機構を穿つ。ティナが一睨みしただけで砲口は凍りついて沈黙する。
身体の奥で血が騒ぐ。この奥に、いる。
血を分け合ったきょうだいが。アヌナークの核が。
「ディックス!」
思考を逸らした瞬間、ティナが珍しく感情的に叫ぶ。目の前に飛び出した彼女の脇腹を、光線が貫いた。
03/15-興趣
「ティナ!」
血を吐いて倒れ込む幼馴染の身体を支える。長年の反射で、傷口を凍りつかせて血を止めたようだが、傷の深さは誤魔化せまい。
『興趣があるだろう?』
奥の扉から女の声が聞こえる。
『愛する女の命が尽きる前に、「私」を撃たねば、世界が終わるぞ』
ティナを横抱きにしたまま、扉へ向かう。扉はディックスを待っていたかのように自動で両開きになる。
そこにあったのは、脈打つ巨大な心臓、アヌナークの核。そしてそれに下半身が埋まり込むように同化している、赤い髪の女性。
「……ミランダ姉さん」
名を呼べば、核は、あかい唇をつり上げてにたりと笑った。
03/16-凛冽
炎が鞭のようにしなって襲いかかってくる。ティナを抱いたままではまともに戦うことができない。
「……ディックス」
逡巡していると、幼馴染が必死に声を絞り出した。
「このまま、核のそばへ。私が、一撃叩き込んで、あなたが撃つ、隙を作る」
彼女にこれ以上の無茶はさせたくない。命にも関わるだろう。だが、それ以上の最善の策も無い。ひとつうなずくと、床を蹴った。
ミランダは最早自我が無いのか、高く笑いながら炎を振り回す。かわせるものはかわし、かわしきれないものは甘んじて食らって、アヌナークの核に肉薄する。
ティナが手を伸ばす。凛冽な一撃が、核を凍らせた。
03/17-穿つ
「ありがとう、ティナ」
幼馴染に静かに礼を述べ、彼女を片腕に抱いたまま、銃を取り出し、アヌナークの核に向ける。
「……ディッ……クス」
ぽろぽろと氷の破片を零しながら、アヌナークの核が、いや、ミランダが、弟の名を呼んだ。
「マルディアスの未来を、あなたの手で」
ミランダが微笑む。幼い頃自分に向けてくれた、あの無邪気な笑顔で。
手が震える。銃口がぶれる。
だが、やり遂げなくてはならない。レイティスが望み、LINKSが守ろうとし、自分が開く、未来のために。
「……姉さん」
小さく呟く。
「さよなら」
銃声が響き、そして、核の額を穿った。
03/18-堆積
アヌナークの攻撃で溶け落ちた建物の残骸が、土砂のように堆積している。そんな中でも、人々は手を取り合い、助け合い、必死に生き延びようとしている。
完全に動きを停止して彫像になった『終焉の獣』から、ディックスは足を踏み出した。
『よくやった、ディックス』
ギルガメッシュの通信が入る。
『私の心残りもようやく片付いた。エンリルの中で永い眠りにつくよ。「鋼鉄の鳥」が再び必要となる日まで』
「……ああ」
ぼんやりと返事をして、付け加える。
「おやすみ、父さん」
それきり通信が切れる。
腕の中の、完全に生命活動を凍らせた幼馴染に視線を移した。
03/19-虚飾
「ティナ、終わったよ」
固く瞳が閉じられた幼馴染に呼びかける。そうすれば目を開いて、自分をその目に映し出してくれるのではないかと期待して。
だが、現実は残酷だ。
三国上層部の虚飾に満ちた野望の果てに、大陸は大きく破壊され、国家は機能をなさず、愛する人は。
「ティナ」
名前を呼ぶ。何度も。ぽたぽたと涙が零れ落ちる。たとえ自分が燃え尽きて灰になってもかまわない。ヴァーンの炎が、彼女に命の灯火を与えてくれるなら。
『大丈夫、ディックス』
姉の声が聞こえた気がした。かと思うと、冷たかった頬に赤みがさす。
長い睫毛が震えて、黒い瞳がその下から現れた。
03/20-陽炎
奇跡は起きた。
アグレイシア皇女が終戦を宣言する放送は、三国救難チャンネルで流れ続ける。
今はまだ、陽炎のように儚い希望でも、いつか必ず大地は息を吹き返し、花を咲かせるだろう。人々は生きることを諦めず、国を越えて手を握り合うだろう。
東の空が白んでくる。マルディアスの大地に新しい朝がやってくる。
灰になるまで呼び続けた声は、愛しい人を呼び戻した。この先彼女がどれだけ生きるかなどわからない。それでも、彼女が、生きていて良かったと最期に笑えるように、寄り添っていよう。
『皆さん、おはようございます』
レイティスの声が、明るく響き渡った。畳む
#アルファズル戦記
#灰になるまで君を呼ぶ
FIND THE WAYが流れ出しそうなくらい半端な締め方ですが、この終わりはもう、先月、中盤を書いているあたりから想定していました。
長編に直す時が来たら、じっくり考えます。
前回→624
続き→640
03/11-残響
『わたくしは、アグレイシア第一皇女レイティス・ナディア・アグレイシアです。LINKSの皆様のお力を借りて、今、皆さんに語りかけています』
三国救難チャンネルを使ったレイティスの言葉は、煙を立てる都市に、煤まみれの顔の人々の耳に、残響を伴って広がる。
『この戦争は、三国の野心を抱く者達が皆さんを煽動し、泥沼化させました。ですが』
一瞬息継ぎをして、皇女は続ける。
『終わらせるのも人の力だと、わたくしは信じております。現に今、わたくしの大切な仲間が、「終焉の獣」に立ち向かっています』
マイクに向かう凛とした横顔に、マオは思わず見入っていた。
03/12-耽溺
『皆さん、どうか、目の前の事実に目を向けてください。野望に耽溺する者の、甘い言葉に踊らされず、目にしたものを信じてください。その為にも、まずは隣人を救い、手を取り合ってください』
皇女の言葉に、ただ迫り来る恐怖にとらわれていた人々が、顔を見合わせ、手を伸ばす。
「誰か、手を貸してくれ! 助けるぞ!」
足が瓦礫の下敷きになって動けない女性を、人が集まって救い出す。
彼らの見上げる先には、『鋼鉄の鳥』が翼を広げている。そこから『終焉の獣』アヌナークに乗り移るふたつの人影があるのを見届けた者は、ほとんどいなかった。
03/13-慈雨
干天の慈雨だ。ジークハルトは唇の端を持ち上げた。
「み、皆さん! 騙されないで! わたくしが!」
慌てて取り繕うが、所詮ブリームの愛人だった下級貴族の女に、本物の皇女を超える言葉は出せまい。
「黙れ、馬鹿者が!」
ぱん、と乾いた殴打の音が響く。
「役に立つかと目をかけてやれば、肝心なところでしくじりおって! 皇家を乗っ取る計画が台無しだ!」
ブリームは女を罵る。愚かの極みだ。
「まだ放送が入っていることをお忘れか?」
ジークハルトの揶揄に、宰相ははっと放送機器を振り返る。
「咎人の断末魔を、アグレイシアの民に」
鋼の刃が、振り上げられて。
03/14-変貌
迷宮のようなアヌナークの体内を、ディックスとティナは駆け抜ける。普通の廊下に見えた通路が、侵入者を関知して防衛機構が作動し、生き物のように胎動して、迎撃システムがずらりと並んだ、獣の腹の中のごとくに変貌する。
放たれた光線を転がってかわし、起き上がり様に銃弾を撃ち込む。一撃は鋭く防衛機構を穿つ。ティナが一睨みしただけで砲口は凍りついて沈黙する。
身体の奥で血が騒ぐ。この奥に、いる。
血を分け合ったきょうだいが。アヌナークの核が。
「ディックス!」
思考を逸らした瞬間、ティナが珍しく感情的に叫ぶ。目の前に飛び出した彼女の脇腹を、光線が貫いた。
03/15-興趣
「ティナ!」
血を吐いて倒れ込む幼馴染の身体を支える。長年の反射で、傷口を凍りつかせて血を止めたようだが、傷の深さは誤魔化せまい。
『興趣があるだろう?』
奥の扉から女の声が聞こえる。
『愛する女の命が尽きる前に、「私」を撃たねば、世界が終わるぞ』
ティナを横抱きにしたまま、扉へ向かう。扉はディックスを待っていたかのように自動で両開きになる。
そこにあったのは、脈打つ巨大な心臓、アヌナークの核。そしてそれに下半身が埋まり込むように同化している、赤い髪の女性。
「……ミランダ姉さん」
名を呼べば、核は、あかい唇をつり上げてにたりと笑った。
03/16-凛冽
炎が鞭のようにしなって襲いかかってくる。ティナを抱いたままではまともに戦うことができない。
「……ディックス」
逡巡していると、幼馴染が必死に声を絞り出した。
「このまま、核のそばへ。私が、一撃叩き込んで、あなたが撃つ、隙を作る」
彼女にこれ以上の無茶はさせたくない。命にも関わるだろう。だが、それ以上の最善の策も無い。ひとつうなずくと、床を蹴った。
ミランダは最早自我が無いのか、高く笑いながら炎を振り回す。かわせるものはかわし、かわしきれないものは甘んじて食らって、アヌナークの核に肉薄する。
ティナが手を伸ばす。凛冽な一撃が、核を凍らせた。
03/17-穿つ
「ありがとう、ティナ」
幼馴染に静かに礼を述べ、彼女を片腕に抱いたまま、銃を取り出し、アヌナークの核に向ける。
「……ディッ……クス」
ぽろぽろと氷の破片を零しながら、アヌナークの核が、いや、ミランダが、弟の名を呼んだ。
「マルディアスの未来を、あなたの手で」
ミランダが微笑む。幼い頃自分に向けてくれた、あの無邪気な笑顔で。
手が震える。銃口がぶれる。
だが、やり遂げなくてはならない。レイティスが望み、LINKSが守ろうとし、自分が開く、未来のために。
「……姉さん」
小さく呟く。
「さよなら」
銃声が響き、そして、核の額を穿った。
03/18-堆積
アヌナークの攻撃で溶け落ちた建物の残骸が、土砂のように堆積している。そんな中でも、人々は手を取り合い、助け合い、必死に生き延びようとしている。
完全に動きを停止して彫像になった『終焉の獣』から、ディックスは足を踏み出した。
『よくやった、ディックス』
ギルガメッシュの通信が入る。
『私の心残りもようやく片付いた。エンリルの中で永い眠りにつくよ。「鋼鉄の鳥」が再び必要となる日まで』
「……ああ」
ぼんやりと返事をして、付け加える。
「おやすみ、父さん」
それきり通信が切れる。
腕の中の、完全に生命活動を凍らせた幼馴染に視線を移した。
03/19-虚飾
「ティナ、終わったよ」
固く瞳が閉じられた幼馴染に呼びかける。そうすれば目を開いて、自分をその目に映し出してくれるのではないかと期待して。
だが、現実は残酷だ。
三国上層部の虚飾に満ちた野望の果てに、大陸は大きく破壊され、国家は機能をなさず、愛する人は。
「ティナ」
名前を呼ぶ。何度も。ぽたぽたと涙が零れ落ちる。たとえ自分が燃え尽きて灰になってもかまわない。ヴァーンの炎が、彼女に命の灯火を与えてくれるなら。
『大丈夫、ディックス』
姉の声が聞こえた気がした。かと思うと、冷たかった頬に赤みがさす。
長い睫毛が震えて、黒い瞳がその下から現れた。
03/20-陽炎
奇跡は起きた。
アグレイシア皇女が終戦を宣言する放送は、三国救難チャンネルで流れ続ける。
今はまだ、陽炎のように儚い希望でも、いつか必ず大地は息を吹き返し、花を咲かせるだろう。人々は生きることを諦めず、国を越えて手を握り合うだろう。
東の空が白んでくる。マルディアスの大地に新しい朝がやってくる。
灰になるまで呼び続けた声は、愛しい人を呼び戻した。この先彼女がどれだけ生きるかなどわからない。それでも、彼女が、生きていて良かったと最期に笑えるように、寄り添っていよう。
『皆さん、おはようございます』
レイティスの声が、明るく響き渡った。畳む
#アルファズル戦記
#灰になるまで君を呼ぶ
『灰になるまで君を呼ぶ』03/01~03/10
#語彙トレ2026 3月上旬です。
まだ3月ですが、灰君はクライマックスに向かっています。
前回→618
続き→632
03/01-撹拌
「ディックス!」
「無事だったか!」
「ったく、悪運はいいよなお前も」
マオと共にエンリルに乗り込むと、LINKSの同志達が出迎え、ばしばし叩いてきた。狸に拘束されたはずではなかったかと思うが、ギルガメッシュの機械化を思えば、留置所の鍵を無効化するのも朝飯前だろう。
「俺達も行くぜ、あの狸とエンリケの野郎をぶっ飛ばしによ」
頼もしい同僚達に笑い返した時。
ごう、と炎が窓の外をなめ、さっきまでいた町を一瞬にして火の海にした。
人も建物も溶け、まるでクリームのように撹拌されてどろどろの大地になる。その上を、『終焉の獣』アヌナークが飛び去っていった。
03/02-萌芽
行く先の大地を焼き尽くしながら、アヌナークはアサル=アリムへ向かって飛んでゆく。幸い、武器を搭載せずに御せる分、エンリルの方が速く飛べるので、破壊の萌芽がヴァルファレスを覆う前に、首都に帰りついて、大統領の手からレイティス達を取り戻さなくてはならない。
彼女はアグレイシアとの和平の為に必要な存在だ。決して失われてはならない。
それと同じくらい、ティナは自分の中で深く根を張っている。家族に恵まれなかった彼女には、もう自分しかいない。次に手を握ったら、もう二度と手を離さない。
決意するディックスの視界に、アヌナークの接近で混乱する首都が見えてきた。
03/03-爛漫
摩天楼が並び立ち、その輝きから『爛漫の夜景』と呼ばれた、アサル=アリム首都ヴァルファレスは、混乱の極みにあった。誰もが破壊兵器の接近に混乱に陥り、首都を脱出しようと押し合い圧し合い、老人が踏み潰され、親とはぐれた子供が人波に流されるのが、エンリルの窓からでも見える。
混沌の極みを眼下に見ながら、エンリルはただひとつの建物を目指して飛ぶ。
ヴォルフ大統領が君臨する、エヴァータワーを。
『最上階に着けるぞ』
脳を組み込まれたギルガメッシュが、エンリル内に響き渡る機械音声で告げれば、LINKSの誰もが、手を叩いて喝采の嵐を巻き起こした。
03/04-朧
強化ガラス越しに朧気に見える満月を、革張りチェアに座りながら見上げて、ヴォルフ大統領はぷかぷかと葉巻をふかしていた。やがて振り向く先には、エンリケに銃を突きつけられたレイティスと、その後ろに、顔色の悪いティナがいる。
「簡単なことですよ、皇女殿下」
でっぷりとした体を持ち上げ、レイティスの鼻先に葉巻を突き付ける。
「皇国と連絡を取る手段はお持ちでしょう? 貴女の騎士に、宰相を通して敗北宣言一言お願いします、と言えば、この戦いは終わる」
「終わりません」
皇女は強い目力で見返す。
「あなた方権力者の起こした戦は、ただの破壊行動です」
03/05-予兆
大統領の顔が醜く歪んだ。葉巻の火をレイティスに押し付けようとした瞬間、ティナが咄嗟に腕を割り込ませて、そこで火を受けた。兵服が焦げて肌にも確実に火傷を負ったはずなのに、苦痛ひとつ見せない。それには、大統領もエンリケも唖然とする。
さらには、駆動音が強化ガラス越しに聞こえてくる。
それを予兆に、ガラスを破る大轟音が響いて、『鋼鉄の鳥』エンリルがエヴァータワーの最上階に突っ込んできた。
「レイティス!」
仰天して腰を抜かす大統領にも、呆気に取られるエンリケにも構わず、搭乗口から身を乗り出してディックスは叫んだ。
「ティナも! 一緒に来い!!」
03/06-孤独
ずっと独りだと思っていた。
父に愛されず、周囲からは敬遠され、兵士達と出撃しても距離を取られた。
孤独の中で、独り心まで凍りついて、人生を終えるのだと思っていた。
それなのに。
「ティナ!」
その身に始祖種の血を宿した幼馴染は、炎のように情熱的に自分の名を呼び、手を伸ばすのだ。
まるで、灰になって燃え尽きても構わないと。その灰の中から、伝説の不死鳥のごとく蘇ってみせようとばかりに。
手を伸ばそうとしたところに、エンリケが銃を向ける。一睨みでその手ごと氷結させる。
レイティスが『鋼鉄の鳥』に乗り込む。それに続けば、しっかりと抱き締められた。
03/07-幻視
皇女とその護衛を連れて、『鋼鉄の鳥』がエヴァータワーから飛び去る。びょうびょうと高層の風が吹き込む中、エンリケは、へたり込んで変な笑いを漏らし続ける大統領に目を向けた。
「は……はは……。儂が三国を……マルディアスを……」
葉巻が手からぽろりとこぼれ落ちる。最早彼は、自分が覇者になる、ありえない未来を幻視して、エンリケのことどころか、現実も見えていないだろう。
砕けたガラスのカンバスに、『終焉の獣』アヌナークが大写しになる。大統領は、迫る死を認めず笑っている。
これが裏切り者の末路か。
エンリケの凍った手が砕け落ち、アヌナークが火を吹いた。
03/08-散逸
アヌナークは『終焉の獣』さながら、ヴァルファレスに破壊をもたらした。地面が燃え、建物が溶けて、人々が逃げ惑う。国軍の将は散逸した兵を引き留めようと必死だが、人の力の及ばぬ獣の前には無力だった。
「ギル」
ディックスは銃に弾込めをしながら、養父に呼びかける。
「皇女の言葉を三国救難チャンネルで。その間に俺がアヌナークに乗り込んで、姉さんを」
言いさして一瞬目を閉じ、無邪気に笑っていた赤髪の少女の幻を振り払う。
「アヌナークの核を撃つ」
『……わかった』
こちらの覚悟を受け取ってくれたのだろう。アンドロイドの養父はこくりと頷いた。
03/09-瓦解
「ディックス」
冷たい手が、銃を握る手の甲に触れた。
「私も行く。炎のヴァーンの加護を受けるアヌナークには、私の力が効くかもしれない」
ティナはあくまで淡々と語る。正直なところ、彼女を死地に同行させたくはない。ティナには、日の当たる場所で穏やかに笑っていて欲しい。
彼女が一人でそれをすることを望まないと知っているから、ディックスは溜息ひとつ落とし、幼馴染の黒い瞳を見つめる。
「俺から離れるなよ」
ティナが軽く頷く。
『お前達が失敗すれば、全てが瓦解し、マルディアスは滅びる。心しろ』
ギルガメッシュが告げる中、エンリルはアヌナークに接近した。
03/10-煽情
『アグレイシアの皆さん、今こそ反撃の時です』
艶を帯びた煽情的な声がラジオから聞こえる。違う。彼女はこんな、女を武器にした媚びるような喋り方をしない。
『ジュメールはアサル=アリムと共謀して破壊兵器を持ち出し、天罰を食らいました。正義は我々にあるのです。アグレイシアこそが、マルディアスの頂点に立つべく、皆さんのお力を貸してください』
彼女と全く違う容姿の女性が放送機器に向かって語るのを、ブリームがにやにやと満足げに見守っている。
いっそここで斬り捨てられたら。歯痒さを噛み締めていると。
『皆さん、騙されないでください』
凛とした声が割り込んだ。畳む
#アルファズル戦記
#灰になるまで君を呼ぶ
#語彙トレ2026 3月上旬です。
まだ3月ですが、灰君はクライマックスに向かっています。
前回→618
続き→632
03/01-撹拌
「ディックス!」
「無事だったか!」
「ったく、悪運はいいよなお前も」
マオと共にエンリルに乗り込むと、LINKSの同志達が出迎え、ばしばし叩いてきた。狸に拘束されたはずではなかったかと思うが、ギルガメッシュの機械化を思えば、留置所の鍵を無効化するのも朝飯前だろう。
「俺達も行くぜ、あの狸とエンリケの野郎をぶっ飛ばしによ」
頼もしい同僚達に笑い返した時。
ごう、と炎が窓の外をなめ、さっきまでいた町を一瞬にして火の海にした。
人も建物も溶け、まるでクリームのように撹拌されてどろどろの大地になる。その上を、『終焉の獣』アヌナークが飛び去っていった。
03/02-萌芽
行く先の大地を焼き尽くしながら、アヌナークはアサル=アリムへ向かって飛んでゆく。幸い、武器を搭載せずに御せる分、エンリルの方が速く飛べるので、破壊の萌芽がヴァルファレスを覆う前に、首都に帰りついて、大統領の手からレイティス達を取り戻さなくてはならない。
彼女はアグレイシアとの和平の為に必要な存在だ。決して失われてはならない。
それと同じくらい、ティナは自分の中で深く根を張っている。家族に恵まれなかった彼女には、もう自分しかいない。次に手を握ったら、もう二度と手を離さない。
決意するディックスの視界に、アヌナークの接近で混乱する首都が見えてきた。
03/03-爛漫
摩天楼が並び立ち、その輝きから『爛漫の夜景』と呼ばれた、アサル=アリム首都ヴァルファレスは、混乱の極みにあった。誰もが破壊兵器の接近に混乱に陥り、首都を脱出しようと押し合い圧し合い、老人が踏み潰され、親とはぐれた子供が人波に流されるのが、エンリルの窓からでも見える。
混沌の極みを眼下に見ながら、エンリルはただひとつの建物を目指して飛ぶ。
ヴォルフ大統領が君臨する、エヴァータワーを。
『最上階に着けるぞ』
脳を組み込まれたギルガメッシュが、エンリル内に響き渡る機械音声で告げれば、LINKSの誰もが、手を叩いて喝采の嵐を巻き起こした。
03/04-朧
強化ガラス越しに朧気に見える満月を、革張りチェアに座りながら見上げて、ヴォルフ大統領はぷかぷかと葉巻をふかしていた。やがて振り向く先には、エンリケに銃を突きつけられたレイティスと、その後ろに、顔色の悪いティナがいる。
「簡単なことですよ、皇女殿下」
でっぷりとした体を持ち上げ、レイティスの鼻先に葉巻を突き付ける。
「皇国と連絡を取る手段はお持ちでしょう? 貴女の騎士に、宰相を通して敗北宣言一言お願いします、と言えば、この戦いは終わる」
「終わりません」
皇女は強い目力で見返す。
「あなた方権力者の起こした戦は、ただの破壊行動です」
03/05-予兆
大統領の顔が醜く歪んだ。葉巻の火をレイティスに押し付けようとした瞬間、ティナが咄嗟に腕を割り込ませて、そこで火を受けた。兵服が焦げて肌にも確実に火傷を負ったはずなのに、苦痛ひとつ見せない。それには、大統領もエンリケも唖然とする。
さらには、駆動音が強化ガラス越しに聞こえてくる。
それを予兆に、ガラスを破る大轟音が響いて、『鋼鉄の鳥』エンリルがエヴァータワーの最上階に突っ込んできた。
「レイティス!」
仰天して腰を抜かす大統領にも、呆気に取られるエンリケにも構わず、搭乗口から身を乗り出してディックスは叫んだ。
「ティナも! 一緒に来い!!」
03/06-孤独
ずっと独りだと思っていた。
父に愛されず、周囲からは敬遠され、兵士達と出撃しても距離を取られた。
孤独の中で、独り心まで凍りついて、人生を終えるのだと思っていた。
それなのに。
「ティナ!」
その身に始祖種の血を宿した幼馴染は、炎のように情熱的に自分の名を呼び、手を伸ばすのだ。
まるで、灰になって燃え尽きても構わないと。その灰の中から、伝説の不死鳥のごとく蘇ってみせようとばかりに。
手を伸ばそうとしたところに、エンリケが銃を向ける。一睨みでその手ごと氷結させる。
レイティスが『鋼鉄の鳥』に乗り込む。それに続けば、しっかりと抱き締められた。
03/07-幻視
皇女とその護衛を連れて、『鋼鉄の鳥』がエヴァータワーから飛び去る。びょうびょうと高層の風が吹き込む中、エンリケは、へたり込んで変な笑いを漏らし続ける大統領に目を向けた。
「は……はは……。儂が三国を……マルディアスを……」
葉巻が手からぽろりとこぼれ落ちる。最早彼は、自分が覇者になる、ありえない未来を幻視して、エンリケのことどころか、現実も見えていないだろう。
砕けたガラスのカンバスに、『終焉の獣』アヌナークが大写しになる。大統領は、迫る死を認めず笑っている。
これが裏切り者の末路か。
エンリケの凍った手が砕け落ち、アヌナークが火を吹いた。
03/08-散逸
アヌナークは『終焉の獣』さながら、ヴァルファレスに破壊をもたらした。地面が燃え、建物が溶けて、人々が逃げ惑う。国軍の将は散逸した兵を引き留めようと必死だが、人の力の及ばぬ獣の前には無力だった。
「ギル」
ディックスは銃に弾込めをしながら、養父に呼びかける。
「皇女の言葉を三国救難チャンネルで。その間に俺がアヌナークに乗り込んで、姉さんを」
言いさして一瞬目を閉じ、無邪気に笑っていた赤髪の少女の幻を振り払う。
「アヌナークの核を撃つ」
『……わかった』
こちらの覚悟を受け取ってくれたのだろう。アンドロイドの養父はこくりと頷いた。
03/09-瓦解
「ディックス」
冷たい手が、銃を握る手の甲に触れた。
「私も行く。炎のヴァーンの加護を受けるアヌナークには、私の力が効くかもしれない」
ティナはあくまで淡々と語る。正直なところ、彼女を死地に同行させたくはない。ティナには、日の当たる場所で穏やかに笑っていて欲しい。
彼女が一人でそれをすることを望まないと知っているから、ディックスは溜息ひとつ落とし、幼馴染の黒い瞳を見つめる。
「俺から離れるなよ」
ティナが軽く頷く。
『お前達が失敗すれば、全てが瓦解し、マルディアスは滅びる。心しろ』
ギルガメッシュが告げる中、エンリルはアヌナークに接近した。
03/10-煽情
『アグレイシアの皆さん、今こそ反撃の時です』
艶を帯びた煽情的な声がラジオから聞こえる。違う。彼女はこんな、女を武器にした媚びるような喋り方をしない。
『ジュメールはアサル=アリムと共謀して破壊兵器を持ち出し、天罰を食らいました。正義は我々にあるのです。アグレイシアこそが、マルディアスの頂点に立つべく、皆さんのお力を貸してください』
彼女と全く違う容姿の女性が放送機器に向かって語るのを、ブリームがにやにやと満足げに見守っている。
いっそここで斬り捨てられたら。歯痒さを噛み締めていると。
『皆さん、騙されないでください』
凛とした声が割り込んだ。畳む
#アルファズル戦記
#灰になるまで君を呼ぶ
2026年2月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
『灰になるまで君を呼ぶ』02/21~02/28まとめ。
#語彙トレ2026 2月下旬分です。
恋も破壊もたつみ節が勢いづいてきました。
ていうか……2月が……終わるだと……!?
前回→613
続き→624
02/21-憧憬
熱と冷気が、決して混じり合うこと無く、しかししっかりと手を繋いでいる。
「私は、ミランダ姉さんが羨ましかったのだと思う」
他人事のように淡々と、幼馴染は憧憬を語る。
「姉弟というだけで、あなたと深い繋がりを持っていたから。私は、父にも愛されていなかったから」
否定できない。シュミット博士は、己が娘のことも、異能の実験台としか見ていなかったから。
だが、だからこそ、伝えなくてはいけない。
「俺がいる」
強く手を握り込む。
「お前の感情まで凍っても、いくらでも呼んでやる」
無感情だった瞳に光が宿る。
熱と冷気を交換するかのように、くちづけた。
02/22-虚無
夜が更けて、ディックスたちは宿に戻った。部屋では、しゃんとしたレイティスと、何だか不機嫌そうなマオが待っていた。
「ギルに連絡を取る。迎えがくるはずだから、しばらく待っててくれ」
イヤホン式のLINKS通信端末でギルガメッシュを呼び出す。しかし、いつまで経っても応答が無い。いぶかしんだ時。
「LINKS本部は大統領府の管轄下に入ったぜ」
軽い調子で、しかし驚くべき事実を告げながら、入ってくる男がいた。
「エンリケ……?」
同僚は笑っている。しかし、虚無の底のような感情の死んだ瞳で、銃口をこちらに向けながら。
「レイティス皇女にご同行願おうか」
02/23-煽動
「ヴォルフ大統領、いや、父上のご命令だよ。LINKSは応じなかったから、隊員は拘束させてもらった。隊長は逃げおおせたがね」
衝撃が走る。僚友だと思っていた男は、あの狸の子飼いだったのか。
「アグレイシアとジュメールとは、徹底抗戦に入る。民衆も父上の演説に沸き立ったよ」
愚かな煽動に愚かな民が誘導されたのか。ひとつ息をついて、銃を抜く。
ふたつの銃声が、夜更けの裏通りを突き抜ける。
ディックスの弾はわざとエンリケを外した。だが、友と信じていた男は、こちらを撃つ気満々だったろう。しかし、痛みは感じない。なのに、床に血の池が広がった。
02/24-収束
目の前の光景を否定しかけた。ティナが床に横たわっている。その下から、赤いものが流れ落ちている。
「急所は外したか」
エンリケが、さしたることは無さそうに吐き捨てて、改めてレイティスに銃口を向ける。
「皇女様。貴女が来て、敗北宣言ひとつしてくれれば、アグレイシアとは共同戦線を張れるんですよ。アヌナークの光線が収束して焼くのは、そっちの国の兵士だけどね」
「ギルがそんな事を許すはず」「LINKSはもう存在しないんだよ」
銃声がして、頬をかすめる。エンリケはこちらを撃つ事に躊躇いが無い。
やるしかないのか。逡巡した時、ティナがふらりと立ち上がった。
02/25-渺茫
「ディックスは殺させない」
血に染まった脇腹をおさえながら、ティナは変わらぬ淡々とした声を張る。見れば彼女の傷口は凍って、既に血は止まっていた。
「だけど、レイティス様も見捨てられない。皇女様の身の安全のために、わたしもついてゆく」
「自分から人質を増やしてくれるとは、よくできた部下だな、皇女様?」
エンリケの嘲弄に、レイティスは唇を噛む。
「ディックスとガキは動くな。女二人だけ来い」
銃を向けたままエンリケが手招きするのに従い、レイティスとティナは部屋を出てゆく。皇女が去り際に何か口を動かした。
取り残された二人は、前途渺茫のまま、立ち尽くして。
02/26-慟哭
ふらりとよろめいて、尻餅をつくようにベッドに座り込む。
「何やってんだよ、兄ちゃん!」
マオが涙目で食いついてきた。
「悔しくないのかよ!? 二人を助けに行かないのかよ!?」
言われて色んな考えが巡る。
姉をジュメールに奪われたこと。ティナがいなくなったこと。ギルガメッシュの顔を思い出せないこと。エンリケに裏切られたこと。
「……悔しいに決まってるだろ」
拳を握り締めれば、ぽたり、と涙が落ちる。自分のものだと気づけば、感情の渦は逆巻いて止まらなかった。
慟哭が迸る。
本当はずっと泣きたかった。奪われたくなかった。
子供のように、泣き叫んだ。
02/27-逡巡
「兄ちゃん!」
マオが握り拳を作って訴えかけてくる。
「レティ達を助けにいこう! 兄ちゃんならできるだろ!?」
少年の言葉に迷う。ティナは自分よりレイティスを選んだ。ここから先は、あの狸とアグレイシアの戦いではないだろうか。自分の出番は、もう無いのではないか。
遅疑逡巡するディックスに、マオが苛立って殴りかかろうとした時。
『ディックス、待たせたな』
行方不明のはずのギルガメッシュの機械的な声が、通信機に届く。
かと思うと、駆動音と共に窓の外がにわかに暗くなり、鳥の姿を持つ『鋼鉄の獣』が現れたことに驚き戸惑う人々のどよめきが聞こえた。
02/28-胎動
『心配をかけたな』
宿に姿を現したのは、精巧なアンドロイドだった。抜け落ちていた記憶のピースがかちりとはまる。
そうだ。ギルガメッシュは深傷を負い、シュミット博士の腕前で、体をまるごと機械に入れ替えた。そして脳を、LINKSが唯一保有する『鋼鉄の鳥』エンリルを制御するために、機体の中枢に埋め込んだのだ。
だから、エンリルを今動かしているのは。
『立て、ディックス。アサル=アリムへ戻るぞ。アヌナークが、マルディアスを焼き尽くす前に』
決戦に向けた胎動が始まったのを感じる。
一度だけ顔をうつむける。たが。
「了解」
不敵な笑顔で養父を見上げた。畳む
#アルファズル戦記
#灰になるまで君を呼ぶ
#語彙トレ2026 2月下旬分です。
恋も破壊もたつみ節が勢いづいてきました。
ていうか……2月が……終わるだと……!?
前回→613
続き→624
02/21-憧憬
熱と冷気が、決して混じり合うこと無く、しかししっかりと手を繋いでいる。
「私は、ミランダ姉さんが羨ましかったのだと思う」
他人事のように淡々と、幼馴染は憧憬を語る。
「姉弟というだけで、あなたと深い繋がりを持っていたから。私は、父にも愛されていなかったから」
否定できない。シュミット博士は、己が娘のことも、異能の実験台としか見ていなかったから。
だが、だからこそ、伝えなくてはいけない。
「俺がいる」
強く手を握り込む。
「お前の感情まで凍っても、いくらでも呼んでやる」
無感情だった瞳に光が宿る。
熱と冷気を交換するかのように、くちづけた。
02/22-虚無
夜が更けて、ディックスたちは宿に戻った。部屋では、しゃんとしたレイティスと、何だか不機嫌そうなマオが待っていた。
「ギルに連絡を取る。迎えがくるはずだから、しばらく待っててくれ」
イヤホン式のLINKS通信端末でギルガメッシュを呼び出す。しかし、いつまで経っても応答が無い。いぶかしんだ時。
「LINKS本部は大統領府の管轄下に入ったぜ」
軽い調子で、しかし驚くべき事実を告げながら、入ってくる男がいた。
「エンリケ……?」
同僚は笑っている。しかし、虚無の底のような感情の死んだ瞳で、銃口をこちらに向けながら。
「レイティス皇女にご同行願おうか」
02/23-煽動
「ヴォルフ大統領、いや、父上のご命令だよ。LINKSは応じなかったから、隊員は拘束させてもらった。隊長は逃げおおせたがね」
衝撃が走る。僚友だと思っていた男は、あの狸の子飼いだったのか。
「アグレイシアとジュメールとは、徹底抗戦に入る。民衆も父上の演説に沸き立ったよ」
愚かな煽動に愚かな民が誘導されたのか。ひとつ息をついて、銃を抜く。
ふたつの銃声が、夜更けの裏通りを突き抜ける。
ディックスの弾はわざとエンリケを外した。だが、友と信じていた男は、こちらを撃つ気満々だったろう。しかし、痛みは感じない。なのに、床に血の池が広がった。
02/24-収束
目の前の光景を否定しかけた。ティナが床に横たわっている。その下から、赤いものが流れ落ちている。
「急所は外したか」
エンリケが、さしたることは無さそうに吐き捨てて、改めてレイティスに銃口を向ける。
「皇女様。貴女が来て、敗北宣言ひとつしてくれれば、アグレイシアとは共同戦線を張れるんですよ。アヌナークの光線が収束して焼くのは、そっちの国の兵士だけどね」
「ギルがそんな事を許すはず」「LINKSはもう存在しないんだよ」
銃声がして、頬をかすめる。エンリケはこちらを撃つ事に躊躇いが無い。
やるしかないのか。逡巡した時、ティナがふらりと立ち上がった。
02/25-渺茫
「ディックスは殺させない」
血に染まった脇腹をおさえながら、ティナは変わらぬ淡々とした声を張る。見れば彼女の傷口は凍って、既に血は止まっていた。
「だけど、レイティス様も見捨てられない。皇女様の身の安全のために、わたしもついてゆく」
「自分から人質を増やしてくれるとは、よくできた部下だな、皇女様?」
エンリケの嘲弄に、レイティスは唇を噛む。
「ディックスとガキは動くな。女二人だけ来い」
銃を向けたままエンリケが手招きするのに従い、レイティスとティナは部屋を出てゆく。皇女が去り際に何か口を動かした。
取り残された二人は、前途渺茫のまま、立ち尽くして。
02/26-慟哭
ふらりとよろめいて、尻餅をつくようにベッドに座り込む。
「何やってんだよ、兄ちゃん!」
マオが涙目で食いついてきた。
「悔しくないのかよ!? 二人を助けに行かないのかよ!?」
言われて色んな考えが巡る。
姉をジュメールに奪われたこと。ティナがいなくなったこと。ギルガメッシュの顔を思い出せないこと。エンリケに裏切られたこと。
「……悔しいに決まってるだろ」
拳を握り締めれば、ぽたり、と涙が落ちる。自分のものだと気づけば、感情の渦は逆巻いて止まらなかった。
慟哭が迸る。
本当はずっと泣きたかった。奪われたくなかった。
子供のように、泣き叫んだ。
02/27-逡巡
「兄ちゃん!」
マオが握り拳を作って訴えかけてくる。
「レティ達を助けにいこう! 兄ちゃんならできるだろ!?」
少年の言葉に迷う。ティナは自分よりレイティスを選んだ。ここから先は、あの狸とアグレイシアの戦いではないだろうか。自分の出番は、もう無いのではないか。
遅疑逡巡するディックスに、マオが苛立って殴りかかろうとした時。
『ディックス、待たせたな』
行方不明のはずのギルガメッシュの機械的な声が、通信機に届く。
かと思うと、駆動音と共に窓の外がにわかに暗くなり、鳥の姿を持つ『鋼鉄の獣』が現れたことに驚き戸惑う人々のどよめきが聞こえた。
02/28-胎動
『心配をかけたな』
宿に姿を現したのは、精巧なアンドロイドだった。抜け落ちていた記憶のピースがかちりとはまる。
そうだ。ギルガメッシュは深傷を負い、シュミット博士の腕前で、体をまるごと機械に入れ替えた。そして脳を、LINKSが唯一保有する『鋼鉄の鳥』エンリルを制御するために、機体の中枢に埋め込んだのだ。
だから、エンリルを今動かしているのは。
『立て、ディックス。アサル=アリムへ戻るぞ。アヌナークが、マルディアスを焼き尽くす前に』
決戦に向けた胎動が始まったのを感じる。
一度だけ顔をうつむける。たが。
「了解」
不敵な笑顔で養父を見上げた。畳む
#アルファズル戦記
#灰になるまで君を呼ぶ
『灰になるまで君を呼ぶ』02/11~02/20
#語彙トレ2026 2月中旬分です。嵐の前の静けさにするつもりが、勢い良く滅びが始まりました。
前回→606
続き→618
02/11-昏倒
「ありがとう、おねえちゃん!」
母の形見を胸に、精一杯手を振り笑顔で去ってゆく少女を見送りながら、マオは思考に沈む。
ジュメールの全てが悪ではない。同じように、三国のどこかで、誰かがひとを救って、誰かが罪を犯している。
(おれにできることって、何だろう)
非力な少年は思い悩む。
その傍らで無感情に少女を見送っていたティナが、不意に膝を折って倒れ込んだ。
「おい!?」
昏倒した彼女にとりすがると、体が酷く冷たい。まるでディックスの逆のように。
どうすれば良いのか。泣き出しそうになった時、背後からそっと伸ばされる、熱を帯びた手があった。
02/12-呪縛
「心配しないで」
知らないけれど、誰かを想起させる声が耳を撫でる。
「シュミット博士がこの子に課した呪縛よ。ひとを傷つける以外に力を使うことを許さないの」
何故そんなことを知っているのか。振りあおげば、赤銀髪を高い位置でとめた、赤い瞳の女性が、ティナに手をかざしている。その手は熱を持ち、冷えた体を温めていた。
「私も同じ。ビザーリムの研究者たちに、ひとをあやめる力を強化されている」
求めていた場所の名が出てきたことに目を真ん丸くするマオに、女性は哀しげに目を細めた。
「私はアヌナークに支配されている。ほんの少しの時間しか、意思が自由にならない」
02/13-歪曲
「ビザーリム研究所は、いえ、ジュメールは、この世界の理を歪曲させた」
ティナの体を温めながら、女性はとつとつと語る。ティナも無感情だが、このひとも喜怒哀楽が感じられない。
「『鋼鉄の獣』に武器を搭載してはならない。必ず暴走して、マルディアスを破壊する。その摂理に逆らった」
なんだかとんでもない話を聞かされている気がする。マオが戦慄すると、女性は、ティナにかざしているのと逆の手で薬瓶を取り出し、こちらに託した。
「私以外のヴァーンを殲滅させるウィルスの特効薬よ。私の血から作っているから、弟には必ず効くはず」
驚愕の事実を添えて。
02/14-果断
「ミランダねえさん……?」
ティナのか細い声が、マオの驚きを更に上書きした。この二人は知り合いなのか。
「久しぶりね、ティナ」
まだ気だるそうなティナに、ミランダと呼ばれた女性は笑みかける。しかし、不意にその眉間に皺が寄り、苦悶の声がもれる。
「そろそろ時間切れね」
ミランダは身を起こして立ち上がり、マオとティナそれぞれに視線を送る。
「弟に、ディックスに伝えて。アヌナークを滅ぼすのは、LINKSとして育った貴方の果断次第だと」
直後、炎がミランダを取り巻く。哀しそうに微笑んで、彼女の姿は炎と共に、その場からかき消えた。
02/15-払暁
払暁が迫る。国境の街まで戻ってきたマオとティナは、裏通りの宿屋の一室へ駆け込んだ。すると。
「お帰りなさい」
ディックスに傍付いていたレイティスが、すっくと立ち上がった。今までのように怯えた態度ではなく、背筋を凛と伸ばして、意思の感じられる瞳をしている。
「レティ」少年の脳裏を予感が過る。
「今はそれより、ディークの治療を」
皇女に促されて、ディックスのもとに駆け寄り、ミランダに渡された液薬を傾ける。しかし、もう自力で嚥下する力も無く、流れ落ちる。
「飲めよ、馬鹿!」
涙目になるマオの隣で、ティナがやおら薬を含み、ディックスに口移しした。
02/16-忘却
血のような何かが流れ込んでくる。それと同時に、忘却の彼方にあった光景が、はっきりとした形を取り戻す。
『引き裂かれた姉弟! やがて戦い合う運命! アヌナークの潜在能力を引き出すのにうってつけの舞台装置ではないか!』
そうだ。現ジュメール議長マルセナの父親が、姉を連れ去った。禁忌の『終焉の獣』アヌナークを御する鍵として、ヴァーンの子孫である姉弟の片割れを。
(ミランダ姉さんだ)
その時に彼は、ギルを撃った。血を流す腹部をおさえながらも、彼はアサル=アリムに帰りつき、そして。
そこまで思い出した時、意識が現実に回帰する。ティナの顔が間近にあった。
02/17-陶酔
自分が昏睡状態にある間に、状況が変わっていることはわかった。
レイティスは自我を取り戻し、ティナがマオと共に自分を救うべく奔走して、そして、生き別れの姉が、自分を助ける薬をくれたこと。
そしてその姉ミランダこそが、十五年前、アヌナークの核としてジュメールに連れ去られたことを。
「マルセナ議長は、自分が大陸の支配者だと自己陶酔しています」
まだ火照りの残る体をベッドの上に起こして、しゃんとしたレイティスの話を聞く。
「わたくしは、アサル=アリムに戻り、ギルガメッシュ殿に改めて和議と同盟を求めるべきだと思っております」
02/18-執着
「たちが悪いなら、アサル=アリムも同じだな」
ディックスは苦々しく顔をしかめ、大統領のでっぷりした姿を思い出す。あの狸は、世界の覇権を握ることに執着し、いかにしてギルガメッシュとLINKSを追い落とすかに策謀を巡らせている。裏でアグレイシアともジュメールとも繋がっている可能性がある。
どいつもこいつも、相手を出し抜くことばかりを考えて。
「一刻も早く、ギルの元へ戻って、馬鹿共を迎え撃つ準備をととえないと」
そう言ってベッドから降りようとしたが、解熱したばかりの消耗した体は言うことを聞かない。ふらりとよろめいたところに、ティナの冷たい手が触れた。
02/19-剽悍
「ええい、まだですか! アヌナークの再起動は!?」
マルセナはつりがちな目をさらに狐のように吊り上げて、科学者たちを叱責する。
「ヴォルフ大統領も、ブリーム宰相も、ジュメールをなめきっているのですよ! 早々に焼き尽くすべきです!」
「し、しかし」
「うるさい!」
議長はたじろぐ科学者からタブレットを奪い、アヌナーク起動フェーズを進める。『鋼鉄の獣』に火が入り、強化ガラスの目が光る。
直後、アヌナークは獣のごとく吼え、ケーブルを引きちぎり、炎を吐いた。
「な……ぜ?」
剽悍な獣の暴走の前に、マルセナは笑顔で凍りついたまま、炎に包まれた。
02/20-欺瞞
「なあ」
マオはフォークで豆をつつきながら、隣でスープをすするレイティスに呼びかける。
「いいのかよ?」
ディックスのことだ。彼はティナと共にどこかへ行ってしまった。青年を慕っていた子供返りの頃を知っているだけに、納得がいかない。
「いいんです」
しかし、皇女は平然と返してくるのだ。それが、彼女が遠くに行ってしまったようで、少し寂しい。
「この欺瞞に満ちた世界で生き抜くには、彼らは優しすぎる。わたくしのような為政者が、責任を負うべきです」
「なら!」
マオは思わず声を高める。
「おれがレティを支える!」
蒼の瞳が驚きに瞠られ、それから細められた。畳む
#アルファズル戦記
#灰になるまで君を呼ぶ
#語彙トレ2026 2月中旬分です。嵐の前の静けさにするつもりが、勢い良く滅びが始まりました。
前回→606
続き→618
02/11-昏倒
「ありがとう、おねえちゃん!」
母の形見を胸に、精一杯手を振り笑顔で去ってゆく少女を見送りながら、マオは思考に沈む。
ジュメールの全てが悪ではない。同じように、三国のどこかで、誰かがひとを救って、誰かが罪を犯している。
(おれにできることって、何だろう)
非力な少年は思い悩む。
その傍らで無感情に少女を見送っていたティナが、不意に膝を折って倒れ込んだ。
「おい!?」
昏倒した彼女にとりすがると、体が酷く冷たい。まるでディックスの逆のように。
どうすれば良いのか。泣き出しそうになった時、背後からそっと伸ばされる、熱を帯びた手があった。
02/12-呪縛
「心配しないで」
知らないけれど、誰かを想起させる声が耳を撫でる。
「シュミット博士がこの子に課した呪縛よ。ひとを傷つける以外に力を使うことを許さないの」
何故そんなことを知っているのか。振りあおげば、赤銀髪を高い位置でとめた、赤い瞳の女性が、ティナに手をかざしている。その手は熱を持ち、冷えた体を温めていた。
「私も同じ。ビザーリムの研究者たちに、ひとをあやめる力を強化されている」
求めていた場所の名が出てきたことに目を真ん丸くするマオに、女性は哀しげに目を細めた。
「私はアヌナークに支配されている。ほんの少しの時間しか、意思が自由にならない」
02/13-歪曲
「ビザーリム研究所は、いえ、ジュメールは、この世界の理を歪曲させた」
ティナの体を温めながら、女性はとつとつと語る。ティナも無感情だが、このひとも喜怒哀楽が感じられない。
「『鋼鉄の獣』に武器を搭載してはならない。必ず暴走して、マルディアスを破壊する。その摂理に逆らった」
なんだかとんでもない話を聞かされている気がする。マオが戦慄すると、女性は、ティナにかざしているのと逆の手で薬瓶を取り出し、こちらに託した。
「私以外のヴァーンを殲滅させるウィルスの特効薬よ。私の血から作っているから、弟には必ず効くはず」
驚愕の事実を添えて。
02/14-果断
「ミランダねえさん……?」
ティナのか細い声が、マオの驚きを更に上書きした。この二人は知り合いなのか。
「久しぶりね、ティナ」
まだ気だるそうなティナに、ミランダと呼ばれた女性は笑みかける。しかし、不意にその眉間に皺が寄り、苦悶の声がもれる。
「そろそろ時間切れね」
ミランダは身を起こして立ち上がり、マオとティナそれぞれに視線を送る。
「弟に、ディックスに伝えて。アヌナークを滅ぼすのは、LINKSとして育った貴方の果断次第だと」
直後、炎がミランダを取り巻く。哀しそうに微笑んで、彼女の姿は炎と共に、その場からかき消えた。
02/15-払暁
払暁が迫る。国境の街まで戻ってきたマオとティナは、裏通りの宿屋の一室へ駆け込んだ。すると。
「お帰りなさい」
ディックスに傍付いていたレイティスが、すっくと立ち上がった。今までのように怯えた態度ではなく、背筋を凛と伸ばして、意思の感じられる瞳をしている。
「レティ」少年の脳裏を予感が過る。
「今はそれより、ディークの治療を」
皇女に促されて、ディックスのもとに駆け寄り、ミランダに渡された液薬を傾ける。しかし、もう自力で嚥下する力も無く、流れ落ちる。
「飲めよ、馬鹿!」
涙目になるマオの隣で、ティナがやおら薬を含み、ディックスに口移しした。
02/16-忘却
血のような何かが流れ込んでくる。それと同時に、忘却の彼方にあった光景が、はっきりとした形を取り戻す。
『引き裂かれた姉弟! やがて戦い合う運命! アヌナークの潜在能力を引き出すのにうってつけの舞台装置ではないか!』
そうだ。現ジュメール議長マルセナの父親が、姉を連れ去った。禁忌の『終焉の獣』アヌナークを御する鍵として、ヴァーンの子孫である姉弟の片割れを。
(ミランダ姉さんだ)
その時に彼は、ギルを撃った。血を流す腹部をおさえながらも、彼はアサル=アリムに帰りつき、そして。
そこまで思い出した時、意識が現実に回帰する。ティナの顔が間近にあった。
02/17-陶酔
自分が昏睡状態にある間に、状況が変わっていることはわかった。
レイティスは自我を取り戻し、ティナがマオと共に自分を救うべく奔走して、そして、生き別れの姉が、自分を助ける薬をくれたこと。
そしてその姉ミランダこそが、十五年前、アヌナークの核としてジュメールに連れ去られたことを。
「マルセナ議長は、自分が大陸の支配者だと自己陶酔しています」
まだ火照りの残る体をベッドの上に起こして、しゃんとしたレイティスの話を聞く。
「わたくしは、アサル=アリムに戻り、ギルガメッシュ殿に改めて和議と同盟を求めるべきだと思っております」
02/18-執着
「たちが悪いなら、アサル=アリムも同じだな」
ディックスは苦々しく顔をしかめ、大統領のでっぷりした姿を思い出す。あの狸は、世界の覇権を握ることに執着し、いかにしてギルガメッシュとLINKSを追い落とすかに策謀を巡らせている。裏でアグレイシアともジュメールとも繋がっている可能性がある。
どいつもこいつも、相手を出し抜くことばかりを考えて。
「一刻も早く、ギルの元へ戻って、馬鹿共を迎え撃つ準備をととえないと」
そう言ってベッドから降りようとしたが、解熱したばかりの消耗した体は言うことを聞かない。ふらりとよろめいたところに、ティナの冷たい手が触れた。
02/19-剽悍
「ええい、まだですか! アヌナークの再起動は!?」
マルセナはつりがちな目をさらに狐のように吊り上げて、科学者たちを叱責する。
「ヴォルフ大統領も、ブリーム宰相も、ジュメールをなめきっているのですよ! 早々に焼き尽くすべきです!」
「し、しかし」
「うるさい!」
議長はたじろぐ科学者からタブレットを奪い、アヌナーク起動フェーズを進める。『鋼鉄の獣』に火が入り、強化ガラスの目が光る。
直後、アヌナークは獣のごとく吼え、ケーブルを引きちぎり、炎を吐いた。
「な……ぜ?」
剽悍な獣の暴走の前に、マルセナは笑顔で凍りついたまま、炎に包まれた。
02/20-欺瞞
「なあ」
マオはフォークで豆をつつきながら、隣でスープをすするレイティスに呼びかける。
「いいのかよ?」
ディックスのことだ。彼はティナと共にどこかへ行ってしまった。青年を慕っていた子供返りの頃を知っているだけに、納得がいかない。
「いいんです」
しかし、皇女は平然と返してくるのだ。それが、彼女が遠くに行ってしまったようで、少し寂しい。
「この欺瞞に満ちた世界で生き抜くには、彼らは優しすぎる。わたくしのような為政者が、責任を負うべきです」
「なら!」
マオは思わず声を高める。
「おれがレティを支える!」
蒼の瞳が驚きに瞠られ、それから細められた。畳む
#アルファズル戦記
#灰になるまで君を呼ぶ
公募ひとつ送ったー!
さすがにいきなり長編はカロリーオーバーなので、リハビリに短編から。
長編書いてるやんけ、って言われそうだけど、趣味で書くのと公募に書くのには、やはり脳の使い方が違うので……。
まあ、通ることより、「書いて送った」という一歩を踏み出した自分をたたえます。
下読みしてくれたかたがたもありがとうございます。
一度はあったけど、また「たつみ暁」で本屋に本が並ぶ夢を見て、雪春異聞録の続きかお絵描き練習をしてきまーす!
さすがにいきなり長編はカロリーオーバーなので、リハビリに短編から。
長編書いてるやんけ、って言われそうだけど、趣味で書くのと公募に書くのには、やはり脳の使い方が違うので……。
まあ、通ることより、「書いて送った」という一歩を踏み出した自分をたたえます。
下読みしてくれたかたがたもありがとうございます。
一度はあったけど、また「たつみ暁」で本屋に本が並ぶ夢を見て、雪春異聞録の続きかお絵描き練習をしてきまーす!
本日、『婚約破棄は違法です!(副題略)』が、くるみ舎こはく文庫様より配信されました。
………………いやー………………本当にいろんな方々のご尽力で、ここまで至りました、本当にありがとうございます。
人間独りで生きているんじゃないんだなって、本当にもう、ええ………………。
昨今の悪役令嬢婚約破棄に真っ向から逆らうようなタイトルですが、内容は、悪役令嬢(冤罪)が、美形の司祭様と恋愛したり、婚約破棄をした王子に立ち向かったりします。
後味はスッキリだと思……思います! ので、いつものたつみ村をご存知の方は、安心してお読みください! たつみ村をご存知でない方も楽しめる一作になったと思っております!
よろしくお願いいたしまーす!
………………いやー………………本当にいろんな方々のご尽力で、ここまで至りました、本当にありがとうございます。
人間独りで生きているんじゃないんだなって、本当にもう、ええ………………。
昨今の悪役令嬢婚約破棄に真っ向から逆らうようなタイトルですが、内容は、悪役令嬢(冤罪)が、美形の司祭様と恋愛したり、婚約破棄をした王子に立ち向かったりします。
後味はスッキリだと思……思います! ので、いつものたつみ村をご存知の方は、安心してお読みください! たつみ村をご存知でない方も楽しめる一作になったと思っております!
よろしくお願いいたしまーす!
『灰になるまで君を呼ぶ』02/01-02/10
#語彙トレ2026 まとめました。主人公ピンチ。
前回→591
続き→613
02/01-潜伏
マオを加えて三人になった一行は、サイドカー付きの中古車に乗り換え、戦争から逃げてきたきょうだいを装ってジュメールの国境街に入った。
上手く潜伏できたと思う。のだが、どうにも身体が重い。マオを拾った町を出てから五日。自分の悪い勘が当たるなら、潜伏期間を経た頃だろう。
「マオ」
だらだらと汗を流しながら少年の名を呼び、硬貨の入った革袋を放る。
「目立たない裏通りの宿で二部屋取れ。で、闇医者を探せ。間違ってもまっとうな医者を呼ぶなよ」
そこまで言ったところで、ディックスの意識は沈み込む。
「ディーク!?」
レイティスの声が遠くに聞こえた。
02/02-呻吟
浅い呼吸の合間に呻吟が混じる。氷嚢を載せても、高熱の前にあっという間に溶ける。
「こりゃ、アタシにもどうしようもないね」
お手上げ、とばかりに闇医者の女は両肩をすくめた。
「あんたら、同じ場所から来たんだろ? 伝染病にしても、なんでこのぼうやだけ発症して、あんたらがピンピンしてるのか、わからない」
「ディーク、しぬの?」
レイティスが涙目で闇医者を見つめる。女は溜息をつき、首を横に振る。
「ビザーリム研究所まで行けばあるいは。だけど、あんな気のおかしい連中の吹き溜まりにあんたらをやれないよ」
レイティスの表情が、絶望的になった。
02/03-狡猾
「レティ、間違っても兄ちゃんを救うためにビザーリムに一人で行くとかすんなよ」
マオはディックスにつきっきりの子供返り皇女に声をかける。どこの国にも属さない町で育ったマオにとっては、どこの国も敵だ。だけどディックスは、LINKSであることを隠さずに、レイティスがアグレイシアの皇女であることも話してくれた。自分を一人の男として見込んでくれたのだ。……と前向きな解釈をする。
「レティは兄ちゃんを看てろよ」
マオの言葉に、皇女はゆるゆる頷く。それを見て部屋を出る。
我ながら、こういうのは『狡猾』と言うのだったか。
「命賭けてみたいじゃん、男ならさ」
02/04-残照
マオは宿を出て裏通りを走る。
ビザーリム研究所というのがどこかはわからない。酒場に行っても、「ガキはおうちでミルクでも飲んでな」と叩き出されるだろう。
行くあても無いまま、山脈に落ちる残照をぼんやりと眺めていると、ひゅうっと冷たい風が吹いた気がして、顔を上げる。そしてぎょっとした。
いつの間にか、茶髪に黒瞳の女性がマオを見下ろしていた。気配など無かった。驚きで心臓がすくみあがる。
「あなた」女が口を開く。「ディックスを助けに行くつもり?」
何故知っているのか。警戒心を満たして睨みつけると、女はゆるゆると首を横に振った。
02/05-微睡む
青年にもたれかかったまま、微睡みに落ちたレイティスは夢を見た。
氷色の瞳を持つ男が、自分を見つめている。
『どうか今は、堪え忍んでください』
両手を握り締める手はひんやりとしている。
『ブリームの企みから貴女を逃すには、これしか無い』
貴方も一緒にと言っても、彼の決意が覆ることは無い。
『貴女は外からの援助を。私は内から奴を崩します』
そして彼は背を向けて去ってゆく。行かないでと手を伸ばしても届かない。
「ジーク!」
叫びながらばっと顔を上げる。
そうだ。何故忘れていたのだろう。こんなに大事なことを。
涙が頬を伝った。
02/06-遡及
「その言い分は認められません」
「しかしながら、皇女殿下」
凛と背を伸ばして睨み付けても、宰相は飄々と肩をすくめた。
「『皇王が政務に就けない場合、宰相にその権限を譲渡する』、これは陛下が倒れられた半年前まで遡及して有効です」
半年以上前からお前が仕込んでいたのだろうが。殴りかかりたい拳を握り締め、怒りを飲み込む。
「ならば、わたくしはやはりアサル=アリムに赴き、父上を治す術を探し、同時に、ジュメールに対抗する同盟を結んでまいりましょう」
ブリームがあからさまに嫌そうな顔をする。自分の背後で護衛騎士が痛快に唇を持ち上げる気配がわかった。
02/07-深淵
結局ジークハルトを皇都に置いたまま、少数の護衛を伴って国を出た。それをブリームが見逃すはずが無かった。
アサル=アリムの街道をゆく途中で、馬車が賊に襲われ、御者を斬り捨てられた暴れ馬は土手を落ちて、河に放り出された。
深淵に沈みゆく中、護衛騎士の名をあぶくで繰り返しながら、意識を失い、すべてを仕組んだ宰相の手の者に引き上げられた時には、理性も失っていた。
護送の途中で、LINKSと戦闘になっていなかったら、自分は人知れず消されて遺体が国に帰っていただろう。
だが、自分は生きているのだ。
「ディーク」
苦しそうな青年に呼びかける。
「ありがとう」
02/08-禁忌
ティナ・シュミットと、女性は名乗った。ディックスの幼馴染だとも。その割には、アグレイシア軍の兵服を着ていて、どうにも胡散臭い。
「信じなくてもいい。でも、今は目的を同じにする同志だと思って」
無表情で言い切るのも怪しい。だが、マオの子供ながらの勘は、嫌悪感で突き放すのは悪手だと告げていた。
「おそらく、ジュメールは禁忌を犯した。LINKSの介入を恐れ、始祖種ヴァーンだけを殲滅するウィルスを、『鋼鉄の獣』に搭載していた」
淡々と語るティナの話が全部わかるわけではない。ただ、子供の自分にもわかる。ジュメールが、三国一の悪党だと。
02/09-翻弄
ティナと共にゆく道は、戦争に翻弄されたひとびとの絶望の残骸だった。建物の陰にもたれかかったまま息絶えている軍人。明日の食料に餓えた老人。親を求めて泣いている、自分より幼い子供。
「ジュメールは敵じゃないの?」
彼らに目もくれずすたすたと進むティナとの沈黙に耐えかねて訊ねれば、彼女は淡々と返してくる。
「たしかに、戦に敵と味方はある。だけど善悪は無い。誰もが我が国が正義だと言い張り、誰もが己の悪行から目を逸らす」
少年を見下ろすティナの表情は、やはり冷たいままだ。
「あなたはこちら側に来てはいけない。撃たずに、ただ公正に、事実を見ていて」
02/10-瓦礫
瓦礫の山を漁っている少女がいた。服は薄汚れて、むき出しの腕や足はあちこちが傷ついている。埋もれそうなほどに体を突っ込んで、何かを探している。
「……何やってんだよ」
マオは見過ごせず声をかける。少女はびくりと身をすくませ、のそのそと這い出てきた。
「ママの」
つぶらな目を潤ませる。
「ママの形見のペンダントが、この中に」
見つかるはずが無い。潰されて、自分も瓦礫の一部になるのが関の山だ。そう告げようとした時、ティナが瓦礫の前に膝をついて、手を触れる。そこから鉄屑の山が凍りついて砕け、きらきら光るトパーズのペンダントが残った。畳む
#アルファズル戦記
#灰になるまで君を呼ぶ
#語彙トレ2026 まとめました。主人公ピンチ。
前回→591
続き→613
02/01-潜伏
マオを加えて三人になった一行は、サイドカー付きの中古車に乗り換え、戦争から逃げてきたきょうだいを装ってジュメールの国境街に入った。
上手く潜伏できたと思う。のだが、どうにも身体が重い。マオを拾った町を出てから五日。自分の悪い勘が当たるなら、潜伏期間を経た頃だろう。
「マオ」
だらだらと汗を流しながら少年の名を呼び、硬貨の入った革袋を放る。
「目立たない裏通りの宿で二部屋取れ。で、闇医者を探せ。間違ってもまっとうな医者を呼ぶなよ」
そこまで言ったところで、ディックスの意識は沈み込む。
「ディーク!?」
レイティスの声が遠くに聞こえた。
02/02-呻吟
浅い呼吸の合間に呻吟が混じる。氷嚢を載せても、高熱の前にあっという間に溶ける。
「こりゃ、アタシにもどうしようもないね」
お手上げ、とばかりに闇医者の女は両肩をすくめた。
「あんたら、同じ場所から来たんだろ? 伝染病にしても、なんでこのぼうやだけ発症して、あんたらがピンピンしてるのか、わからない」
「ディーク、しぬの?」
レイティスが涙目で闇医者を見つめる。女は溜息をつき、首を横に振る。
「ビザーリム研究所まで行けばあるいは。だけど、あんな気のおかしい連中の吹き溜まりにあんたらをやれないよ」
レイティスの表情が、絶望的になった。
02/03-狡猾
「レティ、間違っても兄ちゃんを救うためにビザーリムに一人で行くとかすんなよ」
マオはディックスにつきっきりの子供返り皇女に声をかける。どこの国にも属さない町で育ったマオにとっては、どこの国も敵だ。だけどディックスは、LINKSであることを隠さずに、レイティスがアグレイシアの皇女であることも話してくれた。自分を一人の男として見込んでくれたのだ。……と前向きな解釈をする。
「レティは兄ちゃんを看てろよ」
マオの言葉に、皇女はゆるゆる頷く。それを見て部屋を出る。
我ながら、こういうのは『狡猾』と言うのだったか。
「命賭けてみたいじゃん、男ならさ」
02/04-残照
マオは宿を出て裏通りを走る。
ビザーリム研究所というのがどこかはわからない。酒場に行っても、「ガキはおうちでミルクでも飲んでな」と叩き出されるだろう。
行くあても無いまま、山脈に落ちる残照をぼんやりと眺めていると、ひゅうっと冷たい風が吹いた気がして、顔を上げる。そしてぎょっとした。
いつの間にか、茶髪に黒瞳の女性がマオを見下ろしていた。気配など無かった。驚きで心臓がすくみあがる。
「あなた」女が口を開く。「ディックスを助けに行くつもり?」
何故知っているのか。警戒心を満たして睨みつけると、女はゆるゆると首を横に振った。
02/05-微睡む
青年にもたれかかったまま、微睡みに落ちたレイティスは夢を見た。
氷色の瞳を持つ男が、自分を見つめている。
『どうか今は、堪え忍んでください』
両手を握り締める手はひんやりとしている。
『ブリームの企みから貴女を逃すには、これしか無い』
貴方も一緒にと言っても、彼の決意が覆ることは無い。
『貴女は外からの援助を。私は内から奴を崩します』
そして彼は背を向けて去ってゆく。行かないでと手を伸ばしても届かない。
「ジーク!」
叫びながらばっと顔を上げる。
そうだ。何故忘れていたのだろう。こんなに大事なことを。
涙が頬を伝った。
02/06-遡及
「その言い分は認められません」
「しかしながら、皇女殿下」
凛と背を伸ばして睨み付けても、宰相は飄々と肩をすくめた。
「『皇王が政務に就けない場合、宰相にその権限を譲渡する』、これは陛下が倒れられた半年前まで遡及して有効です」
半年以上前からお前が仕込んでいたのだろうが。殴りかかりたい拳を握り締め、怒りを飲み込む。
「ならば、わたくしはやはりアサル=アリムに赴き、父上を治す術を探し、同時に、ジュメールに対抗する同盟を結んでまいりましょう」
ブリームがあからさまに嫌そうな顔をする。自分の背後で護衛騎士が痛快に唇を持ち上げる気配がわかった。
02/07-深淵
結局ジークハルトを皇都に置いたまま、少数の護衛を伴って国を出た。それをブリームが見逃すはずが無かった。
アサル=アリムの街道をゆく途中で、馬車が賊に襲われ、御者を斬り捨てられた暴れ馬は土手を落ちて、河に放り出された。
深淵に沈みゆく中、護衛騎士の名をあぶくで繰り返しながら、意識を失い、すべてを仕組んだ宰相の手の者に引き上げられた時には、理性も失っていた。
護送の途中で、LINKSと戦闘になっていなかったら、自分は人知れず消されて遺体が国に帰っていただろう。
だが、自分は生きているのだ。
「ディーク」
苦しそうな青年に呼びかける。
「ありがとう」
02/08-禁忌
ティナ・シュミットと、女性は名乗った。ディックスの幼馴染だとも。その割には、アグレイシア軍の兵服を着ていて、どうにも胡散臭い。
「信じなくてもいい。でも、今は目的を同じにする同志だと思って」
無表情で言い切るのも怪しい。だが、マオの子供ながらの勘は、嫌悪感で突き放すのは悪手だと告げていた。
「おそらく、ジュメールは禁忌を犯した。LINKSの介入を恐れ、始祖種ヴァーンだけを殲滅するウィルスを、『鋼鉄の獣』に搭載していた」
淡々と語るティナの話が全部わかるわけではない。ただ、子供の自分にもわかる。ジュメールが、三国一の悪党だと。
02/09-翻弄
ティナと共にゆく道は、戦争に翻弄されたひとびとの絶望の残骸だった。建物の陰にもたれかかったまま息絶えている軍人。明日の食料に餓えた老人。親を求めて泣いている、自分より幼い子供。
「ジュメールは敵じゃないの?」
彼らに目もくれずすたすたと進むティナとの沈黙に耐えかねて訊ねれば、彼女は淡々と返してくる。
「たしかに、戦に敵と味方はある。だけど善悪は無い。誰もが我が国が正義だと言い張り、誰もが己の悪行から目を逸らす」
少年を見下ろすティナの表情は、やはり冷たいままだ。
「あなたはこちら側に来てはいけない。撃たずに、ただ公正に、事実を見ていて」
02/10-瓦礫
瓦礫の山を漁っている少女がいた。服は薄汚れて、むき出しの腕や足はあちこちが傷ついている。埋もれそうなほどに体を突っ込んで、何かを探している。
「……何やってんだよ」
マオは見過ごせず声をかける。少女はびくりと身をすくませ、のそのそと這い出てきた。
「ママの」
つぶらな目を潤ませる。
「ママの形見のペンダントが、この中に」
見つかるはずが無い。潰されて、自分も瓦礫の一部になるのが関の山だ。そう告げようとした時、ティナが瓦礫の前に膝をついて、手を触れる。そこから鉄屑の山が凍りついて砕け、きらきら光るトパーズのペンダントが残った。畳む
#アルファズル戦記
#灰になるまで君を呼ぶ
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『灰になるまで君を呼ぶ』01/21~01/31
#語彙トレ2026、1ヶ月続きました。
前回→581
続き→606
01/21-凝結
エンリケと別れて隊長室へ向かう。
『どうした、ディックス?』
相変わらずパーティションの向こうから話しかけてくる養父に、皇女にばれずに説明をするにはどうしたものかと思案する。
「凝結を超えて氷になった国からの、手回しだ」
LINKS式のアグレイシアの表現をして、遠回しの説明をする。皇女の護衛騎士が、宰相の放った手下の自作自演を潰して欲しいと願ったことだと。
『成程』
影がゆらゆら揺れる。
『恐らくその裏切り者は、暴走する獣の国にも通じているだろう』
マルディアスに在る、三大国家の最後のひとつを聞いた時、ディックスの視界はぐらりと傾いだ。
01/22-諧謔
『実に諧謔に満ちた筋書きではないか?』
炎が燃え盛る街だった。顔の見えない誰かが笑っている。自分は背の高い誰かの腕の中で震えている。この炎をもたらしたのが、自分だけではないことはわかっていた。
『引き裂かれた姉弟! やがて戦い合う運命! ○○○○○の潜在能力を引き出すのにうってつけの舞台装置ではないか!』
何か聞き取れない単語があった。顔の見えない誰かの手を、赤銀髪の少女が握っている。赤い瞳はぼんやりと曇り、どこを見ているのかわからない。
『おねえちゃん』
手を伸ばしても届かず、振り向かず、ふたりは炎の向こうに消えた。
01/23-寂寥
あの後何年かして、腕の主に連れられて、惨劇の街を見に戻った気がする。街は再興されること無く、灰が降り積もって、沈黙と寂寥感に包まれていた。
『お前の役目は重いものだが』
手を繋ぐ相手が言った。
『必ずこのマルディアスを救う鍵になる。そのために、強くなれ。LINKSとして、ヴァーンの子孫として』
見上げると、逆光で顔の見えない、黒髪を整髪料でなでつけた、背の高い男性に見つめられていた。
(……あれ?)
ふと疑問が走る。
(ギルって、どんな顔してたっけ)
途端に。頭の天辺から爪先まで、激痛が走った。
01/24-軋む
身体が痛い。全身の骨が軋むように悲鳴をあげている。
「ディー、ク?」
拙い呼びかけが、現実を離れていた意識の襟首を掴む。炎に溺れていたかのごとき感覚が、冷えてゆく。ぜえぜえと喘鳴しながら顔を上げれば。
(ティナ?)
一瞬幼馴染に見えた顔が、紫髪の女性に変わる。蒼の瞳が心配そうにこちらを覗き込んでいる。
『ディックス? 大丈夫か?』
曇り硝子の向こうの養父の声も聞こえる。
「……大丈夫」
ふたりに返し、片手で顔を覆って深い息をつく。
自分は誰かを忘れている。大事な何かを見落としている。まるで、機械の歯車が合わなくて軋んだ音を立てるかのように。
01/25-覚醒
意識が覚醒してくる。現実をはっきりと認識する。
「とりあえず、暴走する獣の国に潜れってことだな」
『お前は察しが良くて助かるよ』
ギルガメッシュが微かに笑う気配がする。呼吸にしては機械的ではあるが。
「その間、このお姫様はどうしようか」
安全を期すなら、同僚であるエンリケあたりに託すのが無難だ。しかし。
「レティ、ディークと、いく。ひとりは、いや」
レイティスは、ぎゅっとこちらの袖をつかんでくる。その姿は、実の父に実験体としか見られていなかった幼馴染の孤独を思い出させる。
「……わかったよ」
途端に、皇女がぱっと笑顔の花を咲かせた。
01/26-輪郭
間接照明が灯る仄暗い部屋に、二人の人物の輪郭が浮かび上がる。一人は本革張りのチェアに深々と腰かけて葉巻をふかし、もう一人はひざまずいて頭を垂れている。
「よく知らせてくれた」
煙と一緒に、笑いを含んだ声が吐き出される。
「LINKSに喧嘩を吹っ掛ける体の良い理由ができた。ギルガメッシュは本当に目障りだからな」
もう一度、深々と葉巻をふかして、でっぷりとした体躯が揺れる。
「ディックス・フリーダンを追え。国内は儂が押さえる」
「かしこまりました」
間接照明に、金髪が照らし出される。
「すべては父上の望むままに」
01/27-邂逅
灰の海だった。
明らかに普通の炎で焼かれたのではない、『なにか』が地面を切り裂き焦がした跡。容赦無く絶たれた命の群れ。
『暴走する獣の国』ジュメールに向かったディックス達の前に現れた町は、惨劇の跡だった。
レイティスが怯えたように腰にしがみつく力を強くする。ディックス自身も、頭の奥がちりちりする。
生き残りを探すだけ無駄だろう。バイクを走り出させようとした時。
「み、みんなの仇い!」
幼い声と、銃声ひとつ。
弾はあらぬ方向に飛んでいったが、皇女が喉の奥で悲鳴をあげる。
咄嗟に銃を抜く。目が合う。
少年との邂逅だった。
01/28-羨望
「お前」銃を下ろし、少年に問いかける。「この町の生き残りか」
「おまえたちがやったくせに!」
向けられる銃口は震えている。持ち方もなっていない。たとえまた引鉄を引いたところで、こちらに当たる確率は一パーセントにも満たないだろう。
「俺達は南……アサル=アリムから来た。この破壊の跡は北から来ている。この意味がわかるか、ガキ?」
少年がはっと目を瞠った。成程、愚かではないようだ。
「おまえについていけば、母ちゃんたちの仇を取れる?」
ディックスの強さにすがるように。羨望を覚えたかのように、緑の瞳が見つめてくる。
いつか自分もこの目をした。復讐の、目を。
01/29-席捲
かつてファルメア帝国がマルディアス大陸の支配者として席捲していた頃、『鋼鉄の獣』という機械兵器が続々と開発された。鋼の皮膚と石油の血液を持つそれらはしかし、神の領域に手を出したひとへの天罰か、悉くが暴走し、それが帝国の斜陽を招いたとされている。
獣達はLINKS――帝国最終防衛機構が多大な犠牲を払って殲滅したはずだ。
だが、この町の惨劇の起き方は、まるで。
「なあ、なあ、兄ちゃん!」
いつの間にか銃をしまって目の前まで来ていた少年の声が、ディックスを現実に呼び戻した。
「兄ちゃん、ジュメールに行くんだろ? おれも行きたい!」
01/30-炯炯
半眼で、少年を見下ろす。
「ガキ、俺達は遊びに行くんじゃねーんだ。これだけ簡単に命を奪う相手の懐へ飛び込むんだぞ」
「それでもだよ!」
炯炯とした瞳で、少年は食いついてくる。
「ディーク」
レイティスが、袖を引いた。
「この子を独りで残していくのは可哀想。独りは、哀しい」
まるで正気に戻ったかのように流暢に語る皇女に驚く。その目はまたすぐにとろんと幼稚に曇ったが。
がりがり頭をかく。これ以上お荷物を抱えるのは正直気が進まないが、孤児をここに残して死なれたら、寝覚めが悪い。
「ガキ」溜息をひとつ。「名前」
少年はぱっと表情を輝かせた。
「マオ!」
01/31-終焉
冷たい風が吹く山麓にある工廠の奥で、科学者達が慌ただしく走り回り、タブレットに指を滑らせている。
「先日の出力は三十パーセント。それでも十分な火力でした」
眼鏡の研究者の報告を背に、長身の壮年の女は、べっとり紅を塗った口を笑みに持ち上げる。
「まだまだですよ」
女はねっとりとした声音で、背後の研究者に言いつける。
「アサル=アリムとアグレイシアを制して、我がジュメールが唯一の王者となるには、百パーセント引き出すのです」
古の魔獣のような『鋼鉄の獣』は、今は無数のケーブルに繋がれ、静かにたたずんでいる。
「『終焉の獣』、アヌナークの力を」畳む
#アルファズル戦記
#灰になるまで君を呼ぶ
#語彙トレ2026、1ヶ月続きました。
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続き→606
01/21-凝結
エンリケと別れて隊長室へ向かう。
『どうした、ディックス?』
相変わらずパーティションの向こうから話しかけてくる養父に、皇女にばれずに説明をするにはどうしたものかと思案する。
「凝結を超えて氷になった国からの、手回しだ」
LINKS式のアグレイシアの表現をして、遠回しの説明をする。皇女の護衛騎士が、宰相の放った手下の自作自演を潰して欲しいと願ったことだと。
『成程』
影がゆらゆら揺れる。
『恐らくその裏切り者は、暴走する獣の国にも通じているだろう』
マルディアスに在る、三大国家の最後のひとつを聞いた時、ディックスの視界はぐらりと傾いだ。
01/22-諧謔
『実に諧謔に満ちた筋書きではないか?』
炎が燃え盛る街だった。顔の見えない誰かが笑っている。自分は背の高い誰かの腕の中で震えている。この炎をもたらしたのが、自分だけではないことはわかっていた。
『引き裂かれた姉弟! やがて戦い合う運命! ○○○○○の潜在能力を引き出すのにうってつけの舞台装置ではないか!』
何か聞き取れない単語があった。顔の見えない誰かの手を、赤銀髪の少女が握っている。赤い瞳はぼんやりと曇り、どこを見ているのかわからない。
『おねえちゃん』
手を伸ばしても届かず、振り向かず、ふたりは炎の向こうに消えた。
01/23-寂寥
あの後何年かして、腕の主に連れられて、惨劇の街を見に戻った気がする。街は再興されること無く、灰が降り積もって、沈黙と寂寥感に包まれていた。
『お前の役目は重いものだが』
手を繋ぐ相手が言った。
『必ずこのマルディアスを救う鍵になる。そのために、強くなれ。LINKSとして、ヴァーンの子孫として』
見上げると、逆光で顔の見えない、黒髪を整髪料でなでつけた、背の高い男性に見つめられていた。
(……あれ?)
ふと疑問が走る。
(ギルって、どんな顔してたっけ)
途端に。頭の天辺から爪先まで、激痛が走った。
01/24-軋む
身体が痛い。全身の骨が軋むように悲鳴をあげている。
「ディー、ク?」
拙い呼びかけが、現実を離れていた意識の襟首を掴む。炎に溺れていたかのごとき感覚が、冷えてゆく。ぜえぜえと喘鳴しながら顔を上げれば。
(ティナ?)
一瞬幼馴染に見えた顔が、紫髪の女性に変わる。蒼の瞳が心配そうにこちらを覗き込んでいる。
『ディックス? 大丈夫か?』
曇り硝子の向こうの養父の声も聞こえる。
「……大丈夫」
ふたりに返し、片手で顔を覆って深い息をつく。
自分は誰かを忘れている。大事な何かを見落としている。まるで、機械の歯車が合わなくて軋んだ音を立てるかのように。
01/25-覚醒
意識が覚醒してくる。現実をはっきりと認識する。
「とりあえず、暴走する獣の国に潜れってことだな」
『お前は察しが良くて助かるよ』
ギルガメッシュが微かに笑う気配がする。呼吸にしては機械的ではあるが。
「その間、このお姫様はどうしようか」
安全を期すなら、同僚であるエンリケあたりに託すのが無難だ。しかし。
「レティ、ディークと、いく。ひとりは、いや」
レイティスは、ぎゅっとこちらの袖をつかんでくる。その姿は、実の父に実験体としか見られていなかった幼馴染の孤独を思い出させる。
「……わかったよ」
途端に、皇女がぱっと笑顔の花を咲かせた。
01/26-輪郭
間接照明が灯る仄暗い部屋に、二人の人物の輪郭が浮かび上がる。一人は本革張りのチェアに深々と腰かけて葉巻をふかし、もう一人はひざまずいて頭を垂れている。
「よく知らせてくれた」
煙と一緒に、笑いを含んだ声が吐き出される。
「LINKSに喧嘩を吹っ掛ける体の良い理由ができた。ギルガメッシュは本当に目障りだからな」
もう一度、深々と葉巻をふかして、でっぷりとした体躯が揺れる。
「ディックス・フリーダンを追え。国内は儂が押さえる」
「かしこまりました」
間接照明に、金髪が照らし出される。
「すべては父上の望むままに」
01/27-邂逅
灰の海だった。
明らかに普通の炎で焼かれたのではない、『なにか』が地面を切り裂き焦がした跡。容赦無く絶たれた命の群れ。
『暴走する獣の国』ジュメールに向かったディックス達の前に現れた町は、惨劇の跡だった。
レイティスが怯えたように腰にしがみつく力を強くする。ディックス自身も、頭の奥がちりちりする。
生き残りを探すだけ無駄だろう。バイクを走り出させようとした時。
「み、みんなの仇い!」
幼い声と、銃声ひとつ。
弾はあらぬ方向に飛んでいったが、皇女が喉の奥で悲鳴をあげる。
咄嗟に銃を抜く。目が合う。
少年との邂逅だった。
01/28-羨望
「お前」銃を下ろし、少年に問いかける。「この町の生き残りか」
「おまえたちがやったくせに!」
向けられる銃口は震えている。持ち方もなっていない。たとえまた引鉄を引いたところで、こちらに当たる確率は一パーセントにも満たないだろう。
「俺達は南……アサル=アリムから来た。この破壊の跡は北から来ている。この意味がわかるか、ガキ?」
少年がはっと目を瞠った。成程、愚かではないようだ。
「おまえについていけば、母ちゃんたちの仇を取れる?」
ディックスの強さにすがるように。羨望を覚えたかのように、緑の瞳が見つめてくる。
いつか自分もこの目をした。復讐の、目を。
01/29-席捲
かつてファルメア帝国がマルディアス大陸の支配者として席捲していた頃、『鋼鉄の獣』という機械兵器が続々と開発された。鋼の皮膚と石油の血液を持つそれらはしかし、神の領域に手を出したひとへの天罰か、悉くが暴走し、それが帝国の斜陽を招いたとされている。
獣達はLINKS――帝国最終防衛機構が多大な犠牲を払って殲滅したはずだ。
だが、この町の惨劇の起き方は、まるで。
「なあ、なあ、兄ちゃん!」
いつの間にか銃をしまって目の前まで来ていた少年の声が、ディックスを現実に呼び戻した。
「兄ちゃん、ジュメールに行くんだろ? おれも行きたい!」
01/30-炯炯
半眼で、少年を見下ろす。
「ガキ、俺達は遊びに行くんじゃねーんだ。これだけ簡単に命を奪う相手の懐へ飛び込むんだぞ」
「それでもだよ!」
炯炯とした瞳で、少年は食いついてくる。
「ディーク」
レイティスが、袖を引いた。
「この子を独りで残していくのは可哀想。独りは、哀しい」
まるで正気に戻ったかのように流暢に語る皇女に驚く。その目はまたすぐにとろんと幼稚に曇ったが。
がりがり頭をかく。これ以上お荷物を抱えるのは正直気が進まないが、孤児をここに残して死なれたら、寝覚めが悪い。
「ガキ」溜息をひとつ。「名前」
少年はぱっと表情を輝かせた。
「マオ!」
01/31-終焉
冷たい風が吹く山麓にある工廠の奥で、科学者達が慌ただしく走り回り、タブレットに指を滑らせている。
「先日の出力は三十パーセント。それでも十分な火力でした」
眼鏡の研究者の報告を背に、長身の壮年の女は、べっとり紅を塗った口を笑みに持ち上げる。
「まだまだですよ」
女はねっとりとした声音で、背後の研究者に言いつける。
「アサル=アリムとアグレイシアを制して、我がジュメールが唯一の王者となるには、百パーセント引き出すのです」
古の魔獣のような『鋼鉄の獣』は、今は無数のケーブルに繋がれ、静かにたたずんでいる。
「『終焉の獣』、アヌナークの力を」畳む
#アルファズル戦記
#灰になるまで君を呼ぶ
やっ と!!
告知できるところまで来ました。
くるみ舎こはく文庫様より、2/13に新作が出ます!
今回も本当に沢山のかたがたにご尽力いただき、配信の運びとなりました。
今、なんだか気が抜けたらしく、上手く言語化ができないのですが、TLを三作書いてきて、色々と学ばせていただいています。
どんなになっても、自分は創作を手離してはいけないな……と思い知るここ最近です。
告知できるところまで来ました。
くるみ舎こはく文庫様より、2/13に新作が出ます!
今回も本当に沢山のかたがたにご尽力いただき、配信の運びとなりました。
今、なんだか気が抜けたらしく、上手く言語化ができないのですが、TLを三作書いてきて、色々と学ばせていただいています。
どんなになっても、自分は創作を手離してはいけないな……と思い知るここ最近です。
灰君が一旦終息したので、北の大陸の番外編を始めました。
GWの文フリで刊行する下巻の範囲に足を突っ込んだ話が多いのは、上巻範囲縛りにすると、掘り下げる事が少ないからです!
04/01-鮮烈
『私はこの世界「アルファズル」で起きた、大きな戦乱と、その先にある始祖種と神の戦いを、生涯を懸けて、物語として記すことにした。
その為に、東西南北四つの大陸を旅し、現地のひとびとから伝説を語り聞いて、懸命に書き留めた。
北の大陸フィムブルヴェートで聞いた伝承も、始祖種ダイナソアの竜兵と人間の王子の愛の物語は、私の心に鮮烈な印象を焼きつけた。
しかし、それは本伝「雪が解けて春になる」に書くとして、この番外編では、本伝で語られることの無い小さな出来事を記してゆこう。』
(シフィル・リードリンガー著『アルファズル戦記 異聞録』)
04/02-呪文
呪文のように繰り返された。
「そなたは英雄リヴァティの正統なる子孫。生まれながらにしての王の器なのですよ」
だから傲然とあった。なのに格下の連中は自分を恐れて離れていった。
「下々の顔色など疑わなくて良いのです。失礼な者は切り捨てなさい」
言われた通りにした。誰も自分をまっすぐに見なくなった。正面から見てくるのは、弟だけになった。
「あのような下賎な血を引く者と、そなたが、対等などとあり得ないのです」
心地の良い呪いの言葉にすがった。
結果、母は毒の入った茶を飲んでひっくり返った。
命じたのは自分だ。
ああ、やっと解き放たれる。
04/03-追憶
母の祖国へ、一度だけ行ったことがある。叔母を埋葬するためだ。彼女が悪意を受け続けた国に弔うのは嫌だと、母が言ったのだ。
薄ピンクの桜が舞う中、母方の祖父が立ち会った。叔母は庶子で皇女とは認められなかったが、祖父はきちんとこのひととその母親を愛していたのだと思い知った。
墓石の前で、はなをすすり上げながら泣く、幼い従弟の手を握り、この子は自分が守らないといけないと誓った。自分に優しかった叔母の分まで。
なのに。
兄の凶刃の前に、従弟は桜のように儚く散った。
追憶の中で、あの子は今も朗らかに笑っているのに、もう握る手はここに無い。
04/04-摩耗
「お前は本当に馬に乗るのが下手だな」
親友兼相方のマイケルに馬上から見下ろされて、ニーザは軽く舌打ちした。
「なんでお前はそんなしれっと乗りこなしているんだ」
主君のヒオウ王子さえ、やんちゃな馬に振り回され、手こずっている。ニーザに至っては、何回振り落とされたかわからない。心が摩耗して折れても仕方無いくらいだ。
なのに、このなんでもそつなくこなす幼馴染は、主君の先すら超えて、馬をどうどうとなだめている。
『マイケルは本当にすごいな』
お世辞でもなんでもなく、あるじは言うのだ。
『ニーザも。よく諦めない』
本当に、悪気が無いから、困ったひとだ。
04/05-逆説
「おはよう、コウ」
やたら野太い声が聞こえる。自分をその名で呼ぶ者は、ひとりしかいない。
振り返ると、筋骨隆々として、自分より背の高くなった、銀の髪に金の瞳の竜兵が、軽々と自分を抱き上げた。
「ゼファー!?」
驚いた自分の声が高い。
「はは、コウは可愛いね」
言われて自分の身をあらためる。髪が伸びて、男には無い凹凸がある。
悲鳴をあげたところで、寝台の上にがばりと起き上がって目が覚めた。
「願望が逆説的に叶った夢じゃないですか」
あまりにもあんまりだったので、軍師にこぼしたら、彼は腕組みして『そんな話を俺にするな』とばかりにうんざりしていた。
04/06-桎梏
『隷属国の娘の子が、王子面をして』
血筋を尊ぶ連中は、そう言って嗤った。
『あなた様こそが、この国の希望なのです』
民は兄のいない隙に、すがりついてきた。
どう足掻いても自由にならない、桎梏で雁字搦めにされた人生で終わるのだと思っていた。
それなのに。
「コウ!」
君が私のもうひとつの名前を呼ぶ度に、どれだけ嬉しくなったことか。その笑顔に、磨り減った精神をどれだけ救われたことか。
だから、君の力になろう。若くして大陸の命運を背負った君の槍に、盾になって、守り抜こう。
幼い頃、誰かを守ることの大切さを教えてくれた、君のために、この命を懸ける。
04/07-沈殿
母の言葉は呪いだった。
『神にもなれる血筋なのに、兄の役にすら立てないとは、そなたは失敗作であることよ』
『ああ、ああ、あの女の息子のようにうざったい。その顔をわたくしに見せるでない』
『おまえなぞ、産むのではなかった』
自分勝手な言葉は、わたしの心の泉に、毒を沈殿させていった。
王宮の奥に押し込められて、使用人にも無視されて、泣いてばかりの日々。
『ぴいぴい泣くな。うっとうしい』
そうぶっきらぼうに言いながら、白い薔薇を手折って差し出した兄の顔は、逆光でどういう表情をしているかわからなかった。
だけど、たしかに彼はわたしの太陽になった。
04/08-昏迷
この大陸は、ひとを『鬼』にする『霧』に覆われている。いつからそうなのかわからない。ただ、かつて外の大陸との交流はあり、『霧』によってそれが全て遮断されたのはたしかだ。
僕の叔母も、水を汲みに行って、うっかり『霧』に触れてしまった。叔父がどんなに呼びかけても、昏迷に陥ったように応じず、虚ろな顔は次第次第に白く変わっていった。
『娘にこんな母親を見せるくらいなら』
叔父は剣を持ち出し、反応しない叔母を斬った。白い血を噴き上げながら仰向けに倒れてゆく叔母は、ひとならざる顔で、ゆるりと優しく微笑んで。
『……ゴメンネ』
と涙一筋をこぼした。
04/09-逸脱
竜族は、過ぎたる力を持ってこの大陸を脅かす、摂理から逸脱した存在だと、ひとびとが騒いだ時代があった。
「まだ、竜族が始祖種の代わりに大陸の守護者として生まれたのだと、認識されてない頃だったからね」
湖畔で語る竜王の言葉に、幼い竜兵達は表情を曇らせる。
「だが」
美しい竜王がぱちんと指を鳴らすと、湖面が波立ち、獣の姿を取った。
「『竜王に害意がある者を決して通さない』この湖が、こうして不届き者を追い返し、当時の竜王を守ったのだよ」
「やはり竜王様はすごいんですね!」
興奮気味になる竜兵の長兄に、竜王はゆるりと笑み返してみせた。
04/10-郷愁
ノスタルジア、という地域がある。郷愁の名を冠したその地には、古くから吸血鬼が棲んでいた。
『鬼』とは異なる生態系を持ち、『鬼』とは違ってひとの姿に近く、理性も保っている。だが、ひとの血を好んですすり、不死者の眷属を増やすあたりは、フィムブルヴェートのどの種族とも違う。
彼らがどこから来たのか。『霧』に閉ざされた世界では最早わからない。たしかなのは、彼らがひとに害をなす脅威であることだけだ。
「……害獣と同じだな」
心臓を貫かれて朝日に溶けてゆく吸血鬼を、蒼い瞳で見下ろしながら、吸血鬼狩りの青年は、仕込み杖の刃についた血を振り払って、納刀した。畳む
#アルファズル戦記
#雪が解けて春になる